漆黒の君と <沙紀サイド> 沙紀が初めて彼を見たのは、やはり、夕暮れの公園だった。 偶然通りかかったその公園は、日常の中でそこだけが非日常を創り出していた。 漆黒の衣を身に纏った切れ長の瞳。沙紀には、そのどこか遠くを見つめる瞳が、寂しそうに見えて仕方なかった。 だからだろうか。話したことすらない、今まで見たことすらない彼に話しかけたのは……。 それほど遠い昔ではないのに、その第一声が『初めまして』だったか『こんにちは』だったかさえも覚えていない。彼は話しかけてきた沙紀を一瞥すると、少しだけ驚いたような表情をした後、何も話さず立ち去った。 そのどことなく悲しそうな背中が頭から離れず、次の日も、その次の日も沙紀は同じ時間に公園に足を運んだ。 その度に、沙紀は彼の隣に立って、友人のこと、学校であったことなどを話しかけた。一方通行だった話は、いつしか少しずつ会話になったが、彼は自身のことを話すことがなく、沙紀が彼について知ることができたのは、彼の名前が“レテ”ということくらいだった。 それでも、沙紀にとってその時間は、一日の中で何ものにも代え難い時間となっていた。自分でも、なぜそれほど彼に興味を抱いたのかわからない。それは、初めて会った瞬間からなのか、それとも次第に芽生えてきたものなのか、次第に、沙紀の中で心の奥から顕在化する想いがあった。 その日も学校から帰った後、護衛も付けずにこっそりと虎桜組の屋敷を抜け出した沙紀は、レテに会うために夕暮れの公園に向かった。 「……いない」 しんと静まりかえった公園には、レテどころか人っ子一人いなかった。 この時間なら、小さな子供が砂場で遊んでいてもおかしくないのだが、近くにはやくざの屋敷があり、近所の親たちは、自分の子供をあまり外で遊ばせたくないらしい。 その、やくざの屋敷の組長が私なんだよね……。 沙紀は、誰もいない公園で大きくため息をついた。 この季節、日中は過ごしやすいといっても、夕方になれば肌寒い。厚着をして来なかった沙紀は、余計にそれを感じた。 今日は、もう彼は来ないのかもしれない。 そう思いながらも、どうしても帰ろうと決断出来ない沙紀は、近くにあったジャングルジムにもたれかけ、腰を下ろした。 「……沙紀」 荒々しいが、どこか優しい響きを持つ声に呼び起こされた。 沙紀が目を開けると、そこには煌めく星々を背景に漆黒の衣を纏ったレテが覗き込むように立っていた。 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。 「こんな時間に何してるんだ?」 月明かりに照らされたレテは眉根を寄せ、心配とも嫌悪とも取れる表情をしていた。 「……あなたを、待ってました」 「俺を? こんな時間まで?」 沙紀がこくりと頷くと、レテの顔が近づいてきた。 「……寒かっただろ」 「でも、待っていたかったから」 レテは沙紀を包み込むように抱きしめた。 長い時間外気に触れ、冷やされた沙紀の全身を温かい感触が包む。それは、心の芯まで溶けさせてしまうほどの温かさ。 「……どうして?」 「……それ、は……んんっ……」 そして、そのまま沙紀の唇にレテの唇が重なった。 「んっ……ふぁ、レテ……さん……」 「俺の心を掻き乱そうとするな」 優しく舌を絡め取られ、口内を満たした唾液が口の端から溢れ、一筋の糸を垂らしながら零れ落ちた。 初めてのキスにも関わらず、いつの間にか沙紀は自らもレテの舌を絡め取っていた。 「ん……、ぁ……」 レテがゆっくりと舌を引き抜くと、二人の唇を伝った唾液が月明かりによって銀色に輝いた。 ぼんやりとした思考で、沙紀は、自分が目の前の人物に恋していることを知った。今まで成そうとして成し得なかった感情が形となり、自然と心臓が高鳴って拍動が加速する。 「……レテさん」 今の気持ちを、どう口にしていいのかわからない。 『好き』という一言を言ってしまえば解決するはずのそれは、喉が震えて声にならなかった。 レテは自分をじっと見つめる沙紀の両脇を抱え上げると、そのままジャングルジムと向かい合わせるようにして立たせた。 「……何、するんですか?」 突然の行動に戸惑う沙紀の耳元に、レテはそっと唇を近づけた。 「……お前が欲しい」 「えっ?」 耳元で熱っぽく囁かれ、身体が火照ってくる。 「お前を、俺だけのものにしたい」 服の隙間から侵入してきた手は、沙紀の腰を撫でると、そのまま上に伸びて下着に触れた。 「……ぁっ……やぁ、やめ……て……」 言葉で抵抗するものの、包み込むように揉み上げるその手に、身体は熱を帯びて反応してしまう。 「ほら……お前だって、こんなにここ立ててる」 「……っ」 言葉で責められながら、下着の上から胸の突起を弄られ、身体の奥からじわっと溢れ出てくるものを感じた。 そんな反応を楽しむかのように、胸を弄る手とは逆__今まで腰に添えられていた手がそっと太腿を撫で上げた。 「……ぁ、だめ……そこは……」 沙紀の制止の声は受け入れられず、その手はゆっくりと太腿を這い上がっていく。 そして、すでに自身の愛液で染みだらけになった下着に触れられた。 「……濡れてる」 沙紀は恥ずかしさで顔が真っ赤になり、逃げ出したい衝動に駆られた。 しかし、膝が震えて腰に力が入らない。 ジャングルジムを両手で掴んで、それを支えに立っているのがやっとだった。 「感じてるの?」 「ち、違……」 レテの指が濡れた下着の間から侵入し、その割れ目をなぞった。 否定しようとした言葉は、レテの指に絡みついた愛液によって、いとも簡単に否定された。 「もっと、俺を感じさせてやるよ」 下着を膝まで下ろされ、レテの前に濡れそぼった部分が露わになった。 「……だめ、だめです。こんなところで……」 ここは深夜の公園。いくら人気がないとはいっても、いつ、近くの道を会社帰りのサラリーマンが通るとも限らない。 もし、誰かにこんなところを見られたら……。 そのことを想像して嫌だと思えば思うほど、それに反して身体は火照り、蜜が奥から溢れ出てきた。 「こんなとこじゃなきゃ、いいの?」 「そ、それは……」 沙紀は、いつの間にか彼を受け入れる準備をしている自分に驚いた。 「……優しく、するから」 お尻に宛がわれた熱くぬめっとしたもの。誰の侵入も許したことのないそこに感じるそれは、背を向けていても太く大きいことがわかった。 「……ま、待って」 制止の声は届くことなく、沙紀の中にレテの熱い塊が突き入れられた。 「あっ……ああっ……ああぁっ!!」 異物が自分の中に入ってくる初めての感触に、全身を刺されるような激痛が走る。 「……っく、きつい、な……。力抜いて……」 「はぁ……っ、い、痛い……んっ」 全身が強張って、力なんて抜けるはずもない。 それでも、レテのものはゆっくりと、確実に沙紀の中に入っていく。 「もう少し我慢して。……愛してるよ、沙紀」 「……ん、あぁ……っ!」 囁かれた言葉によって、一瞬沙紀の身体から力が抜けた。 その瞬間を見逃すことなく、レテは沙紀の中に根本まで一気に自身を埋め込んだ。 「……全部、入った。お前の中に……」 「……レテ、さん?」 背後から聞こえてくる悲しい声。 「……こんな無理矢理で、ごめん」 「謝らないでください。私も、あなたのことが……好きだから……」 やっと言えた、本当の気持ち。そんな沙紀に、レテは優しく口づけを落とした。 小刻みに震える身体を見たレテは、沙紀の中に埋め込んだ自身を動かそうとしない。 「いいよ……。動かして……」 気づけば、赤面するような台詞を口にしていた。 「……ありがとう」 レテは、もう一度沙紀に口づけすると、腰をゆっくりと動かし始めた。 「んっ、あっ……はぁ……ん」 動くたびに内壁が擦られ、沙紀を断続的な痛みが襲う。沙紀は、ジャングルジムの鉄のパイプを持った手に力を入れ、必死にその痛みに耐えた。 引き抜かれるたびに、繋がった部分から零れ落ちる液体が、砂の地面にいやらしく染みを作っていく。 「好きだ。沙紀、愛してる……」 「私も、レテさんのこと……」 何度律動を繰り返されただろうか。徐々に痛みは薄れてゆき、沙紀の中で痛みとは別の感覚が芽生えてきた。 痛みに耐えるため、声にならない声を吐いていた口から、艶のある声が混じり始めた。 それを感じ取ったレテは、律動を加速させ、自身の腰を沙紀に激しく打ちつける。 「んっ……あ、あっ……、レテ……さ……ああっ!」 沙紀の中から掻き出された飛沫がレテの黒いレザースーツにかかり、月光の下に艶を放つ。壁を擦られるような動きに、鉄のパイプを握っていた手から力が抜け、前のめりになりレテに腰を突き出す形になった。 腰が突き出たことで、レテのものがより深く、奥へと沙紀の中に押し入ってくる。 「……俺で感じてくれてるんだ」 「んっ……あ、恥ず、かし……、んあっ!」 髪の毛が揺さぶられるほどの激しい突きに、沙紀は自身の内から迫り上がってくるものを感じた。 ここが公園であることも忘れ、腰を振られるたびに喉を仰け反らせて嬌声を漏らす。 洪水のように流れ出た愛液は太腿を伝い、ソックスを濡らして足下まで届こうとしていた。 「わ……私、もう……」 目の前が白み、全身が弛緩するような感覚。レテの律動が加速するごとに、その感覚は大きく広くなっていく。 ……もう、ダメ。 限界を迎えた沙紀は、自身のものがぎゅっと収縮する感覚の後、中でさらに大きくなっていたレテのものを締め上げた。 「……っあ、沙紀、ずっと愛してる……っああっ!!」 「……あ、ああぁっっ!!」 溢れんばかりのほとばしりを最奥に注がれた後、ゆっくりと沙紀の意識は落ちていった。 <京吾サイド> 今日も、沙紀と京吾は朝の通学路を一緒に歩いていた。京吾の隣を歩く沙紀は、ずっと頬を綻ばせている。 もちろん、その原因は昨日のレテとの行為だった。 「ずいぶん嬉しそうだね。何かいいことでもあった?」 「え? そ、そっかな? 別に何もないけど」 「……そう」 俺とのことで喜んでくれてるのはわかってる……。 でも、その眼差しは俺には向けられていない。 結局、沙紀の心はレテで占められていても、京吾としてはこれっぽっちも満たされていない。 桜学園に着いても、沙紀の顔は緩んだままだった。誰にでも解るくらいに緩む頬を、沙紀の親友の香織と智が見逃すはずがなかった。 さっそく、香織と智が沙紀の席にやってきた。 「何か、いいことでもあったの?」 「えっ!? どうして!?」 さも、当たり前のことを聞くように発した香織の言葉に沙紀が驚く。 「何でって、そんなににやけてたら誰でもわかるだろ……」 智がため息をつきながら言った。 「あはははは……」 誤魔化しきれず、空笑いを続ける沙紀から、質問の矛先が京吾に移った。 「天音君は何か知らない?」 「えっ……。彼氏でも、出来たとか?」 京吾の発した彼氏という言葉に、沙紀が敏感に反応した。 「も、もう! 天音君、何言って……」 照れた沙紀が、勢いよく京吾の胸を突いた瞬間、踏み込んだ足を滑らせた。 勢いのまま、飛び込むように顔を京吾の胸に埋め、咄嗟に京吾の身体に抱きついた。 「うわぁぁぁ!?」 「きゃぁぁぁ!?」 そのまま、バランスを崩して京吾もろとも凄まじい音を立てて床に倒れ込んだ。 ほら、こんなことして。 俺のことを、男として認識してない。 沙紀に覆い被さるように床に両手をついた京吾は、近くに迫った沙紀の顔をじっと見つめた。 「ご、ごめんね、天音君」 「いいよ、僕は大丈夫だから」 そう言って、京吾は立ち上がろうとした時、そっと沙紀の胸に触れ、その丸みを軽く揉んだ。 「……あっ」 その口から、驚きではない声が漏れる。 「……ごめん」 「う、ううん。事故だし、仕方ないよ……」 言いながらも、戸惑いの表情を見せる沙紀。 それを見た京吾は、誰にも気づかれないようにほくそ笑んだ。 ふーん、脈はあるってことかな。 いいよ、今はそれでも……。 いつか、こっちの俺も好きにさせてみせるから。 お前の心全てを、俺のものにしてやるよ……。 京吾は、沙紀の手を優しく掴んで起き上がらせた。 「天音君、ありがとう」 純真無垢な笑顔で微笑む沙紀に、京吾も微笑み返した。 ※このショートストーリーはBitter Princessに掲載されているものです。 |